この頃の、テレビのコマーシャルは
物語風になっていたり
宣伝という感じがしない作りになっているものが多い
スマートでオシャレなコマーシャルというのも
それはそれで素敵なこと
なんだけれど
番組との境目がはっきりしないために
困ることもある
だいたい
ひとつの番組をじっと見ていることがなく
コマーシャルの時に
洗いものなどの片付けを細切れにやろうと考えて
番組を見始める
「あれ?なんだぁ、これコマーシャルだったんだわ」
と気がつくのが遅れると
中断した洗いものがすぐに片付かない
片付けものもなく
腰を落着けて見続けることができる日だってある
それだと
今度はコマーシャルの多いのに辟易する
「まったく、こうも細切れじゃ落着いて見れないわね」
と勝手なものである
細切れ・・・で思い出したことがある
先日読んだばかりの本
加藤秀俊著「続暮しの思想」に
「モザイク生活」(201頁)という面白い話があった
同著「暮しの思想」と共に
初版が昭和51年、52年ということだから
35~36年前に書かれた本ということになる
テレビを見ていると
番組の合間にコマーシャルを何本も繰り返し見る事になる
そうこうするうちに
ニュースを見ようとテレビをつけたのに
いつのまにか
3本の番組と
コマーシャルも番組と考えるならば
あわせて10本くらいの番組を見た事になる
「これはいわば時間のモザイクと名づけてさしつかえない。」
という観察からはじまって
世の中のことごとくがモザイクになって形作られていっている時代になったと書かれている
確かにそうだとガッテン!
35~36年前に書かれたものとは思えない新鮮さ!
しいて言えば
いまどきは
更に
良いにつけ悪いにつけ進化して
ジグソーパズルの様相になっているのではないか
世の中、何でもゲームのようになってしまったような・・・
解ける程度のパズルなら・・・と思ううちに
気がつけば
誰も解けない謎だらけの世の中になってしまわないよう
ご用心ご用心
・
・
・
とっとっと・・・
・
・
・
少し、ミステリーの見過ぎかな?